10数年ぶりの再会で「あのとき、ごめん」と言える友人に学んだこと

ひびのこと

そう。3日前の爆笑アロマテラピーの会。
中学時代の同級生と久しぶりの再会。

ほんとうは帰省がてら、2020年9月にやる予定だったけれど、私の転勤が決まったこと、母が再入院したこと、オットが単身赴任することなど、バタバタ要素が重なって半年延期。

突如、友人が謝罪を述べた

アロマワークショップがワイワイ騒がしく終わった頃、友人のひとりが、お菓子の箱を手に、わたしに向けた言葉。

「あんなぁ・・・ずっと謝りたかってん」
「あのとき、わたし、ひどいこと言ったやろ・・・」
「それから疎遠になったやんか・・・」

「あのときは、ごめんな。」

「え。」

「そんなこと、あったなぁ!」
「あの人のことやんな笑」
「え、わたし何言われたっけ(;・∀・)」
「ほんと、覚えてないわ・・・」

何を言われたかは本当に覚えていなくて、でもたしかに何か決定的なことがあったな、くらいは記憶がある。
やっぱり、苦い思い出としてうっすら胸をキュッとする(あ、もちろん、失恋のほうではなく、友情の亀裂がです)。

【注釈を挟みます】

30代前半の頃、友人から紹介された彼と恋仲になったわたし。
紹介というかコンパというか。
友人はまさかその彼とわたしがどうにかなるなんて思っていなかったらしく。
友人たちに、なにかと諭されたというか、止められたというか。

とはいっても、大人の出会い。他人より自分自身が感じたことを信じるわけで、だんだん友人たちを疎ましく思い始め。
その後付き合うことになり、友人たちとは疎遠になった。
しかし、カクカクシカジカ、彼とはうまくいかなくなり、数ヶ月で解散(解散て。お笑い芸人か)。

別れて日が経つと、友人たちの声もわたしを思ってのことやったなーと、後になって見えてくる。
とはいえ、疎遠になったのは仕方ない。
警告しすぎるほうも、耳を持たないほうも、どっちも悪い。
いや、心配してくれた友人も、感情を信じたわたしも、どっちも悪くない。

そんなこんなで月日は流れ、10数年・・・
おたがい、なんとか結婚し伴侶を得ての再会。

たったひと言で、一瞬にして心が晴れる

わたしは今のわたしを生きているわけで(過去を振り返るキャラでもない)、当時の出来事は事実ではあるけれど、友人をもちろん恨んでいたわけでもない。

だから、触れてはいけない領域でもないし、わたしもネタとして話題にする場面はあるかもなー、くらいには思っていた。
「あのとき、こんなことあったよなー!」「彼どうしてるんやろ」くらいに。

だけど、友人は違った。

ずっと気にして、再会をチャンスにちゃんと謝ろうと、心を決めてくれていた。
いや、そんな大げさではなく、再会しなければ思い出さなかったことかもしれないけれど。

それでも、人は往々にして、過去は風化したかのごとく、ほつれた箇所を見ないふりでまた歩き出す
触れずとも、少しくらいのほつれなら、またそこから修復できるから

「ごめん。」

そう言ってくれた友人がとても愛おしくなった。
彼女の素直さに触れ、一気に心が浄化された。

正直であるべきか否か

大人になればなるほど、経験を積めば積むほど、その場を乗り切ること、取り繕うことを覚える。

嘘だってうまくなる。ポーカーフェイスができないなら、まだまだこどもだ。

だけど、彼女の言葉で気づかされる。

人は、素直な心に触れることで心が晴れる。

恨んでいたわけでもないのに、謝罪を受けたことで一気に心が晴れ、
ということは、私の中にも少なからず「許せなかった」感情はあったのだろう。

馬鹿正直である必要はないし、世の中、うまく渡り歩くすべは必要。
ときには嘘も必要。近しい人にこそ隠すことだってあって当然。

だけど、正直であるほうが心は解放され、より自分らしく生きられるんだなと、48歳にして改めて気づかされた日。

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この記事を書いた人

晩婚、晩産、関西人、転勤族、3人暮らし、アラフィフ。

おひるねアートや二級建築士など複数のわらじ活動を経て、今はライフオーガナイズ×アロマテラピーを伝えるしごとをしている。

年齢を重ねるごとにより自由になっていることを実感。
子育てが始まっても子がいなくても、更年期が始まっても終わっても、40代50代60代と変化する女性としての生き方を楽しみたい。

2021年末に松山市から京都市に移り住み、ただいま充電中。

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