旧友との再会ランチ。体の変化を感じる40代に必要なのは自分の内側に意識を向けること。

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ひびのこと

今週、おひるねアート同期と久しぶりに会いました。何年ぶりだろ~?

オンラインで飲み会したよな!そんなこともあったな!
目を細めて頭の中の遠い記憶を手繰り寄せる。オンライン飲みということは、コロナ初期?

それが直前なのだから、リアルで会うのはいつぶり?
おひるねアート関西の大撮影会ぶりだとしたら。こどもが年中時代だったから、4年ぶり。

たった3時間の再会だったけれど、過去と今と未来と、走馬灯のように時間を振り返りました。

30代から40代になって変化してきたこと

疲れが取れない

同期のなかで、彼女は「宇宙人」と呼ばれている。

宇宙人?いやアンドロイド?なイメージ…(笑)

準公務員である県病院の看護師という仕事に就きながら、おひるねアート、ベビーサイン、他もろもろの資格をとったり活動したり、おひるねアート講師のなかでもイベントの長を務めたり、全国のイベントに参加したり、とにかくフットワークが軽い。

そんな別格の体力を持った宇宙人との久々の再会だったけれど、「最近疲れがとれない」から話題が始まった(笑)

「え!疲れとれへんの!」
「よかった!人間やん!」

年齢を明確に言わない彼女だけど、40代も半ばに差し掛かったらしい。
夜勤明けの疲れのとれなさがハンパナイらしい。

体力

要するに、体力が落ちたよね。って話。

ボディメイクをすることも、ヨガやランニングに費やす時間もいつの間にかなくなった。

疲労回復に要する時間も倍になったよね。
ちゃんと寝てる?!睡眠はとらないかんで!と母のようにアドバイス。

老眼

そして、ランチメニューを見ながら「ちゃんと見える?」と彼女。

いやいや見えへんで!(笑)わたしなんて老眼歴すでに5年以上。
「40代半ばになったら半分が老眼だから気にするな」と、松山で通っていた眼科では行くたびに励まされたな。

要するに、40代になった彼女も年齢を重ねるうえでの変化(それを人は老化と呼ぶ)を感じているということ。よかったわ、宇宙人やなく人間だったわ。

働き方

こどもが0歳のときにおひるね講師育成を子連れ受講したわたしたち。0歳の赤ちゃんたちは小3男児となった。

そりゃ体力は落ち、老眼にもなる(笑)

子が3年生となるこの夏、とうとう時短勤務から外れてしまうという。夜勤明けの休みが1日では疲れがとれなくなったのに、子が成長することで働き方も元に戻らざるを得なくなる。

それでも看護師として働くことが主軸なのだとしたら、他の活動は縮小せざるを得ないし、「とにかく、寝て」とクギを刺したわたしでありました。

わたしたちに必要な時間は、外方向ではなく内方向

SNSの時間は意識が外に向いている

京都に引っ越してから電車に乗る時間が増えたけれど、電車内で本を読む人はひと握りで、とにかくみんなスマホを見ている。ワイヤレスイヤホンも定着しているから、YouTubeや映画などを見ている人も多い。

電車やバスだけでなく、エスカレーターに乗る時間でさえもスマホ、カフェで注文が届くまでの待ち時間もスマホ。

何をそんなにチェックしているんだろうか??

たまった連絡のチェックやその返信が電車内でできるのは、ビジネスマンや主婦にとって助かるのはたしか。限られた移動時間で勉学や興味の分野をインプットしている人も多いとは思う。

だから、「スマホ=情報につかりすぎている」ばかりとは言い難いけれど、やっぱりスマホを凝視している人の半数は「なんとなく」見ているのではないかと推測する。

SNSに触れると、たくさんの情報が手に入る。著名人や芸能人の発信はもちろんのこと、近しい人の活躍や楽しそうな毎日を垣間見れ、普段合わない友人の近況も知ることができる。

スマホさえあればいつでもそこにアクセスできるし、お金がかかるわけでもないし、時間さえあれば情報は取り放題。

だけど、無限だからこそ、自分で意識的に遮断する必要はある

わたしはSNS断食を意識的にしているけれど、SNSから離れても毎日たくさんの情報に追われる。
日々時間のないなか、情報ばかり吸い込むと自分に必要なことは何か?自分が本当にやりたいことは何か?の判断力は落ちる。

食の断食はしても、情報の断食は浸透しない。

SNSを通すと「人を羨む」ように変換される?

彼女もわたしも、いまはお互いに協会からは退会し、おひるねアート活動からは離れている。

とはいえ彼女はベビーサイン講師は続けているし(看護師と育児をしながら!)、わたしはライフオーガナイザーとアロマアドバイザーとしての活動をふんわり(ふんわり…笑)続けている。

現場の片づけ作業からは離れているし、松山時代のメンバーとオンラインで片づけサークルを継続している程度。とはいえ、ESSE onlineの記事を書くわたしは、配信があればアメブロで紹介する。

彼女いわく、その記事をたまに読んでは「すごいよな!」と毎度思うらしい。

え?すごくないよ?(笑)

もちろんライターであることは誇りに思っているし、4年前にわたしを見つけてくださった当初の担当のYさんには心から感謝だし、今後も続けたいと思う仕事のひとつであることは間違いない。

けれど、わたしのようなライターはわんさかいる。

当の本人は活躍だなんて思っていないし、単に記事配信の紹介をしている感覚なのだけど、スマホの画面で文字情報を追うと「すごいな」から、「みんな頑張ってるのに」「わたしは中途半端」なんて、他人と自分を比べてしまい、自分の状況に落ち込んでしまう。

一般的にそんな心理に陥る状況はわかるけれど、彼女の口からも同類の気持ちが出て驚いた。

まさかやー?(朝ドラ風)
宇宙人だと脱帽しているのはこっちなのに?!

SNSの時間は、意識が外に向いている。
外に向いている限り、自分の本質は見えない。

自己肯定が下がるくらいなら、SNSなんて見ないほうがいい。

必要なのは情報ではなく、自分の内側へのベクトル

いまの時代、「SNS=通常業務」というくらい浸透している。だけど、SNSを見なくても毎日は平穏に暮らせるし、なんならわたしたちに必要なのは「自分の生活」であって、「他人の暮らしぶり」ではない。

情報を遮断することは難しいし、もちろんよりよい暮らしのためにある程度は必要です。

だけど、手に余るほどは必要ないよね。

わたしたちに必要なのは、

自分が何をしたら幸せを感じるか?
何を食べたらおいしいか?
誰と話すと楽しいか?
どんな風に年をとりたいか?

どうしてストレスを感じるのか?
何に怒っているのか?
どうして黙ってしまうのか?

そういう、自分の内側に向けたベクトル。

意識を内面に向けたほうがずっと幸せを感じられると思います。少なくともわたしは感じています。
そんな意識を持つようになり、数年前よりもずいぶんと地に足がついたと感じます。

そんな話をESSE onlineでも書きました

画面上の情報よりリアルな暮らしを

情報を浴びて他人の暮らしぶりをチェックするより、自分に見えているモノ・コトに意識を向け、自分の半径1㎞圏内の出来事に注目するようになると、今までと違う発見に出会うはず。

駅までの道のりで見つけた野花、セミの鳴き声、雨上がりの草花のにおい。
画面ではないリアルな暮らしに目を向けることで五感の働きがよみがえり、感情や心の疲労は回復していきます。

人と比べることや人を羨むこと、自分を卑下することも、なくなるとは言わないけれど、格段に減る。

旧友との再会満腹ランチで、そんな自分の芯を改めて気づいた時間でした。

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この記事を書いた人

晩婚、晩産、関西人、転勤族、3人暮らし、アラフィフ。
小学生男児の子育て中。

子育てのスタートと共に、おひるねアートやライフオーガナイザー、アロマテラピーなど複数のわらじをはく。

年齢を重ねるごとにより自由になっていることを実感。
子育てが始まっても子がいなくても、更年期が始まっても終わっても、40代50代60代と変化する女性としての生き方を楽しみたい。

2021.12 Matsuyama→Kyoto
2023.3 Kyoto→Osaka

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